Nilaxストーリー

感謝の心が生んだ、お客様もクルーも笑顔になれる場所。

誰もが楽しく過ごせる空間をつくりたい。その言葉の裏に秘めた青春時代の想い出。

感謝の心が生んだ、お客様もクルーも笑顔になれる場所。

「何を話したらいいですかね」

そう頭をかいて、照れ臭そうに相好を崩す。「こんなふうに取材されるのは初めてで…」とはにかむその人懐っこい笑顔は、自然と相対する人の気持ちを和やかにする。岩田健祐。1980年生まれ。大学卒業と共にニラックスに入社し、着々とキャリアを積んできた。名刺に記載する「私の宣言」に選んだ言葉は、“食でお腹と心を満たします”――飲食店舗のマネジャーらしい直球勝負のスローガンだ。

「就職活動の時から飲食業界が第一志望でした。好きなんですよ、レストランっていう空間が。学生の頃もよく仲間と一緒にファミレスに集まって、延々とくだらない話をしていましたね。何を話したかなんて全然覚えてないけれど、みんなでテーブルを囲んで笑い合った場面は今も心に焼きついている。そんなふうに、誰もが楽しいひとときを過ごせる場所をつくりたくて、ニラックスに入社したんです」

学生時代のアルバイトもファミレスのキッチン。だから、それなりにやっていけるだろうという自信はあった。けれど、いざ正社員というステージに立って店舗に臨めば、見えてくるのは、いかにこれまで狭い視点で飲食という世界をとらえていたかという自らの浅慮さだった。

「社員になったら単に自分の業務だけをしていればいいというわけではありません。クルーの教育もしなければいけないし、店舗の数値管理だってしなければいけない。覚えることだらけで、最初はよく失敗して叱られていました」

初めてのマネジャー。ぶちあたったコミュニケーションの壁。

そんな岩田も、今ではニラックスの中堅プレイヤーのひとり。自らのターニングポイントとして位置づけるのが、入社5年目、初めてマネジャーを任された時のことだ。

配属になったのは『カーニバルブッフェ 長津田店』。初めてのマネジャー職に、最初は不安しかなかったと言う。これまでは何かあればずっと上司となるマネジャーがフォローしてくれた。しかし、自分がトップとなれば、そうはいかない。店舗に関する責任は、すべて自身の双肩にのしかかる。頼れる人がいないプレッシャーに、自らを「慎重派」と分析する岩田はすっかり尻込みしていた。

「最初のうちは満席になったら途端に慌てて、上手く指示も出せないくらいでした」

未熟だった在りし日の自分を、岩田はそう回想する。特に課題となったのが、人材の採用と活用だった。せっかくクルー(アルバイト)を採用しても、すぐに辞めてしまう。そんな悪循環が続いていた。クルーが定着しなければ、当然サービスも向上しない。マネジャーにとって、いかに人を採り育てるかは、重要なミッションのひとつだった。

原因は、どこにあるのか。悩む岩田に、店舗の視察に訪れたエリアマネジャーの塚田がこうアドバイスした。「苦手な人ほどもっと積極的に関わりなさい」――その言葉に、岩田は虚を衝かれる想いだった。

誰もがやる気をもって働ける環境をつくるために。悩んだ末に出した答え。

「当時の僕は、やる気がなくて指示を聞かないクルーは完全にほったらかしにしていた。相手のやる気を引き出す術がわからなくて、自分でもどう対応していいのかわからなかったんですね。塚田さんの指摘は、そんな僕の欠点を正確に言い当てるものでした」

クルーには、学生から主婦まで様々なバックグラウンドを持つ者がいる。仕事へのモチベーションも十人十色だ。全員が最初から向上心と充実感を持って働いているとは限らない。その中で、どうすればみんなにやる気を持ってもらえるか。岩田が出した答えは、まずは仕事に楽しみを見出してもらうことだ。そのために、全員に一律の業務を任せるのではなく、それぞれに得意な仕事をやってもらおうと考えた。

「たとえばお客様と話すのが好きな人もいれば、細かい作業が得意な人もいる。クルー一人ひとりの長所や個性を見つけて、それを伸ばしてあげられる環境をつくりたいって、そう思ったんです」

一人ひとりと向き合い、相手を理解すること。マネジメントのすべては、そこから始まる。

岩田はとにかく一人ひとりの働きぶりを細かく観察した。すると、今まで見落としていたものが鮮やかに視界に立ち上がってきた。普段はあまり表情を出さないクルーが、ある作業をしている時は何だかイキイキと楽しそうな顔をしている。そんな発見が何度もあった。お調子者でどこか遊び感覚のように見えた学生バイトが、よくよく話をしてみると、仕事に対する自分なりの想いを持っていた。彼から、「もっとこうしたら美味しくなると思うんですよ」とアイデアをぶつけられた時、岩田は思いがけず嬉しくなった。やる気の原石は、クルー一人ひとりの中にちゃんと眠っていたのだ。ただ自分がコミュニケーションを避けてきたから、それに気づいてあげられなかった。この経験は、今も岩田のマネジャーとしてのベースとなっている。

「全員が全員、同じことができる必要はない。そして、相手がどんなことが好きで何が得意かを知るためには、やっぱりコミュニケーションが欠かせません。今では最初はこちらから指示をしなければ何もできなかったクルーが、気づいたら自分からどんどん動けるようになった。そんなことが、僕にとって喜びになってるんです」

“日本一暑い町”にしゃぶしゃぶを広める。悪戦苦闘だったオープン1年目。

その後もいくつかの店舗で経験を積んだ岩田は、2011年5月から『しゃぶ葉 熊谷銀座店』のマネジャーを任されている。前任のいない新店舗の立ち上げは、苦労と困難の連続だった。特に熊谷は長らく“日本一暑い町”として知られる地域。そんな町で、しゃぶしゃぶ食べ放題という業態は果たして受け入れられるのか。岩田の脳裏に、不安がかすめた。

実際、オープンからしばらく客足は伸び悩んだ。窮状を打破するべく、手づくりのチラシを周辺の住宅にポスティングしたり、駅前で販促用のティッシュを配ったり、炎天下の熊谷で文字通り額に汗を流し奮闘した。そんな岩田を見て、クルーも次々と「私もティッシュ配りします」と手を挙げた。仲間と一体になりながら、『しゃぶ葉』は熊谷の町で少しずつ存在感を増していった。

広がりはじめる口コミの声。クルーの努力が、お客様の満足になる。

「ようやく手ごたえを感じはじめたのは、ちょうどオープンから1年が過ぎた頃です」

きっかけは、口コミだった。「あそこに、しゃぶしゃぶ食べ放題の店ができたんだって」「こないだ行ったけど、すごく良かったわよ」そんな声が少しずつ住民の間で広まりはじめた。空席の目立った店内が、お客様の笑顔で埋まるようになった。次第に顔なじみのお客様も増え、クルーとの間で楽しげな会話が生まれるようになった。ランチタイムを終えても、なお賑やかな店内を見渡し、岩田は3年間の努力の跡をはっきりと感じている。

「たとえば店舗にいらっしゃったお客様に、“いらっしゃいませ”の後に“今日も暑いですね”と一言加えてみる。それだけで、お客様との距離はぐっと縮まるんです。そんな小さな努力をこの3年間、僕たちはみんなで積み上げてきました。お客様に“また来たい”と思っていただけるよう、味もおもてなしも精一杯工夫をこらしてきました。その結晶が、今のこの店舗なんです」

お客様と、仲間と、会社のために。いつも感謝を胸に秘めて。

そう胸を張る岩田は、好きな言葉として「感謝」を挙げた。

「たくさんの店舗がある中で、お客様に選んでもらえる感謝。たくさんの会社がある中で、従業員に働いてもらえる感謝。たくさんの人がいる中で、会社に雇ってもらえる感謝。感謝をなくしたら絶対にいけない。そういつも自分に言い聞かせています」

自らの宣言として掲げた“食でお腹と心を満たします”という言葉も、決して一人ではなし得ない。店舗にやってくるお客様と、一緒に働いてくれる仲間がいて、初めて自らの理想を実現できる。そう知っているからこそ、岩田はいつも感謝を胸に店舗に立つ。

「ちゃんと話せていたでしょうか」

インタビューを終えて、恥ずかしそうに笑って岩田はそう尋ねた。謙虚で周囲への気遣いを欠かさない。これだけ多くのクルーが岩田を慕うのも、その誠実な人柄があってこそだろう。そのシャイな笑顔に、共に働くクルーたちとの楽しげな日常の風景が見えた気がした。

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