Nilaxストーリー

周りからの期待に応えていくうちに、自分なりの道ができていく。

突然の異動。転機が、私を強くした。

周りからの期待に応えていくうちに、自分なりの道ができていく。

それは、突然の辞令だった。慣れ親しんだ『Y’s 明治』から商品開発グループへ。一般的には理想とも言えるキャリアステップだったが、特に希望を出していたわけでもない保浦にとっては青天の霹靂。現場への愛着もあり、戸惑いも少なくはなかった。保浦は、自らを「新しい環境になじむのには時間がかかる方」と分析する。それでも異動から1年を経て、今や商品開発グループの一員としてなくてはならない存在へと成長している。

めまぐるしい変化の中で、着実に自分のポジションを確立させていく。そんな彼女のタフでしなやかな仕事への向き合い方を探るには、彼女自身の歴史を紐解く必要がある。

保浦は、大学時代は栄養学について学んだ。将来は栄養士の資格を活かした仕事に就けたら。そう漠然と考えていた。そんな中、実習で飲食の現場に携わったことをきっかけに、お客様と直接ふれ合える仕事がしたい。そう考えるようになった。そこで選んだ就職先が、株式会社すかいらーくだった。

入社後は、すかいらーくが運営する『バーミヤン』に配属となった。憧れの舞台で店長を目指して一歩ずつスキルアップしていく。そんな未来を思い描いていた矢先のことだった。配属からわずか4ヶ月で異動が決まった。保浦の次の配属先は、品質保証部。思いもよらない本部スタッフとしてのポジションだった。

「向いていない」と悩んだ日々。そこで見つけた自分なりの仕事の哲学。

品質保証部では、自社工場(マーチャンダイジングセンター)における生産ラインの衛生管理から店舗への衛生指導、さらには食材の細菌検査などを行っている。食の安全が叫ばれる昨今、企業の信頼を担う重要なポジションだ。しかし、保浦は配属早々、「自分には向いていない」と痛感した。

「私の性格はマイペースで、集団行動もあんまり得意ではない方でした。誰かに何かの指摘したり指示するのも苦手で、しかも相手は大先輩のベテランばかり。私は入社1年目の新人です。こんな右も左もわからない人間が、自分よりずっと経験も豊富の先輩にあれこれと指導しなければいけないということが、とてもプレッシャーでした」

そう振り返る保浦は、「だけど、品質保証部に在籍した6年間が、今の自分をつくってくれた」と強調する。まだ働くこととは何なのかもわかっていない未熟な自分に、仕事における意義や責任を教えてくれたのが、この品質保証部だったからだ。

「自分が何をやりたいかも大事だけれど、それよりもまず大事なのは、与えられた仕事の中で自分の力を最大限に発揮すること。周りの人に使えるやつだと認めてもらえるか。そこで自分は一体どういう利益を出せるのか。それがたとえ自分の評価にならなくても、結果的には会社への評価につながっていたりする。まったくの異分野に飛び込んだとしても、まずやってみようと思えるようになったのは、品質保証部で鍛えられたおかげだと思います」

そんな保浦に、2度目の転機が訪れる。入社7年目、グループ内のニラックスへの出向が命じられる。今度の配属先は、『Y’s 明治』。念願だった店舗現場への復帰を果たしたのだった。

怒濤のピークタイム。多忙な毎日の中で思い出した外食の原点。

『Y’s』ブランドは、通常の店舗とは業態が異なる。なぜなら出店先は企業や大学。いわゆる社食や学食に分類される事業だ。『Y’s 明治』は株式会社明治のビル内に出店している。営業時間は、11:30から13:30。ピークタイムは、およそ40分。その短い時間の中で、社内のスタッフが食堂に詰めかける。そのめまぐるしさは、時間も忘れるほどだった。「いつも気づいたら、あっという間に2時間が終わっていました」と保浦は笑う。数年ぶりの現場復帰。しかも、調理師などの資格があるわけでもない。入社してわずか4ヶ月で本部に異動になった保浦は、決して高いスキルがあるわけではないと自分自身でもよくわかっていた。だからこそ、現場の調理長に教えを乞いながら、一生懸命に食らいついた。

「野菜を大量に手際良く切る方法から、御飯を素早く盛り付ける方法まで、いろんなことを教えてもらいました。お客様との接点は、主に料理を出すその瞬間だけ。でも、その短いやりとりの中で交わす言葉があったり、自分を覚えてくださっている方がいたりする。そんなひとつひとつに、自分が求めていたものはこれだったんだなということを実感しましたね」

ノンストップで駆け抜ける1日の中で、最も好きなのはピークタイムが終了した直後だと言う。落ち着きを取り戻した食堂を見渡し、今日も働いたなとひと息つく。その心地良い疲労感が、たまらなく愛おしかった。

出向から1年が過ぎ、保浦はニラックスへ転籍となった。日々の仕事に充実感を得ながら、外食の面白さにのめりこむ毎日。そんな時、三たび転機が訪れる。2013年6月、今度は商品開発グループへの異動が決定したのだ。

3度目の異動。新しい仕事のたびに、私もバージョンアップする。

「商品開発と言っても、私は調理なんてほとんどできない。だから新しいメニューやレシピをつくれと言われても、まったくわかりませんでした。それに、本音を言えば、もっとお店にいたかった(笑)。だから辞令を受けた時は、驚きや戸惑いの方が大きかったんです」

それでも前を向いて気持ちを切り替えたのは、これまでのキャリアの中で培った自分なりの哲学があったからだ。

「何か求められているものが私の中にあるなら、それに応えてみよう。そう思って、新しい世界に飛び込むことに決めました」

そんな保浦を待っていた最初の業務は、老朽化した発注システムのリプレース。本社のシステム責任者と一緒に、現況の運用方法を洗い出し、どんな機能があれば便利か話し合った。必要に応じて、システム開発会社と交渉の窓口に立つこともあった。それは店舗の現場にいるだけでは決して得ることのできない経験だった。

「気をつけたのは、自分ひとりの視点だけで考えないこと。特に店舗の現場はパソコンを扱うのが苦手な人が多い。だから実際に現場でシステムを使う人の意見を取り入れられながら、なるべく簡単に操作ができるシステムを心がけました」

常にアンテナを張りながら。レシピ開発に明け暮れる毎日。

半年間のプロジェクトを終え、無事に新しいシステムはカットオーバーを迎えた。配属早々、任された大仕事を終え、ほっとひと息をついた保浦は、現在、メニュー開発に力を注いでいる。担当する店舗は『Y’s』5店舗。5営業日分のメニューを考えるため、1週間で計25ものレシピが必要となる。当然、出店する店舗によってメニューの傾向は異なる。学食であれば原価をおさえながらボリュームのあるものを、従業員の平均年齢が高い会社であれば、こってりした味付けは避け、和を中心としたメニューにするなど、隅々にまで気を配っている。グループ内の別の店舗の企画ミーティングや試食会に参加したり、バリエーションを広げるためには勉強は欠かせない。

さらに、ランチタイムはピークが集中する。同時に大量に押し寄せるお客様にスムーズに料理を提供するには、調理方法にも工夫が求められる。直接、店舗の現場をまわり、調理長にアイデアや意見を乞うなど、毎日は慌ただしく過ぎていく。

「いつも同じようなメニューばかりでは、お客様も飽きてしまいます。だから、付け合わせを変えてみたり、組み合わせをアレンジしてみたり、レシピを考える時は頭の中はいろんな妄想でいっぱいです(笑)。自分のアイデアがヒットして、店舗の売上が伸びた時は“よしっ!”って気持ちになりますね。単にレシピをつくるだけじゃなく、そのレシピがお客様にどう受け入れられたかまで見られるのが、この仕事の面白さだと思います」

大切なのは、やると決めたら精一杯やること。充実期を迎えた11年目のキャリア。

現場と本部を行き来しながら積み重ねた10年のキャリア。「今はとにかく仕事が楽しい」と保浦は顔を輝かせる。

「私は何か自分で綿密に考えてキャリアを積んできたというよりも、周りから求められるものに身を委ね、その中で自分のやるべきことをちゃんとやろうと思ってここまで来たタイプ。でも、そういうキャリアの重ね方もいいと思うんですよ。働いていれば意に添わない仕事を任されることもあるかもしれない。でも大事なのは、モヤモヤしたままにせず、やるかやめるかちゃんと自分で決めること。そしてやると決断したなら、結果を求めて自分の役目を精一杯果たすべきだと思います。だって、自分が任されたその仕事は他の誰かがやりたいと思っている仕事かもしれないんですから」

しやなかでありながら、その内側には決して折れない軸を持つ。保浦はこれからも一歩一歩、自分のペースで自分の道を歩んでいく。

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